”人間は誰しも老いからは逃れられない。年老いたとき、周りに誰がいるか ―― それが自分の積み上げてきた人生を表すと思う。私の周りには誰がいるだろう。結婚し、娘が生まれ、孫も生まれた。しかし、今や誰一人残っていない。”
”「・・・苦しみを人と比べる必要はないんだよ。夏帆の苦しみは夏帆にしか分からないものだ」”
”「できないことを考えてもつまんないよ。できることを考えたほうが楽しいよ。最近ね、漫画読んでるの。お母さんの腎臓貰ったときは、遊んでたら、勉強しなさい、ってよく言われたけど、今はあまり言われないし、漫画読み放題。あっ、でも勉強もちゃんとしてるよ。やれって言われなかったらやりたくなるの。あれ不思議」幼いながら懸命に前を向こうとする言葉に胸を打たれた。”
”「今はまだできないことが多いかもしれん。だけど、小さなことからコツコツ学んでいけば、少しずつできることが増えていく。それは楽しいことだよ、夏帆」孫娘に語るうち、それはいつの間にか自分自身への言葉となっていた。「完全な暗闇に思えても、必ず光は存在する。それに気づかないと、自分で自分を不幸にしていくだけだろう。時間はかかるかもしれないが、闇の中で座り込まず、光を探していこう」”
”人生は固定された大きな砂時計だ。砂が残り少なくなってきても、引っくり返せない。私には後悔がないだろうか。愛すべき人を愛し、支えるべき人を支えてこられただろうか。私には砂がどれだけ残されているだろう。年老いた母には?」”
”「受人滴人之恩、当似湧 泉 相報」―― 「水滴のような恩にも、湧き出る泉のような大きさで報いるべし」”
”草花と石の芳香、小鳥や虫の鳴き声 ―― 私の想像次第で花畑も墓地となり、墓地も花畑になる。四感を刺激するものが映像を形作る。思えば、孤独に生活していたころは、世界じゅうの音や匂いが苦しみと悪意の象徴に感じたものである。人も同じだ。(略)自分自身で世界を闇で染めていた。人を敵視していた。
今、眼前には色とりどりの花に囲まれた墓石のイメージが見えていた。希望の光にあふれた明るい景色が広がっている。”
●「闇に香る嘘」より
第60回江戸川乱歩賞受賞作。
41歳で全盲となった主人公、娘との確執、孫娘の腎臓病、中国残留孤児として帰国した兄への疑念。
最後がどうなるのか気になって、一気に読み進めた小説でした。
下村敦史さんのデビュー作。他の作品も読みたくなりました。
ありがとうございました。
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